すると、感じていたイライラがなくなったことに気がつきました。今日一日、プラスチックごみを捨てるたびに満杯のごみ箱をぎゅうぎゅう押さなければいけないことが、思いのほかストレスになっていたようです。
このことから、ほんのちょっとした不満は意外と気づきづらい気がしてきました。自分の気持ち、感情は自分のことなのだから、わかって当たり前でありそうなのに。
「自分」とひとくくりにいっても、何かを感じている自分とそれを認識する自分には隔たりがある。この連携がもっとスムーズになればいいのに。
今日の空
凧みたいで面白い雲でした。
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