2014年1月11日土曜日

751:無意識の前提

妹の恋愛相談にのっていて、「相手に文句を言いたくなったら、『じゃあ自分はどうなんだ』と振り返ってみたら」と言ったのですが、そもそもなぜそう思うんだろうか。人は人、自分は自分で文句だけ言いたいという理屈もありえるから後天的なものなんだろう。

自分のことを棚に上げて、文句を言う人を格好悪い、自分はそうなりたくないという嫌悪感からか?自分と他人は等価であるべきという意識があるのか?(strength finderで包含が強みです) そのように常日頃意識している覚えはないのだけど。

探っていくと、こういった自分の中の当たり前が、他人にとってはそうでない、またその逆は、意外と多いのではないかと思う。


今日の空

箱根の山々がくっきり。その奥の南アルプス?も見えています。


2014年1月10日金曜日

750:温めてあげるだけで

寒さって結構なストレスだと思うのです。

朝早起きしてミーティング資料の準備をしたけど、そのミーティングでこてんぱんにやりこめられ、午後からの仕事は思った以上に時間をとられて進まず、という状況に加えて、仕事の帰りが遅めで、特に寒い中を帰宅するはめに。

家に着いてからも、手足は冷たく、眠れる気がせず、もやもやいらいらしておりました。

「明日もやることが盛りだくさんだし、早く寝なければ」と入浴して湯船につかっていると、身体が温まるにつれて心が落ち着いてくるのです。怒りってその対象に執着していると生じますが、執着をやめて手放すイメージ。

気分がいまいちな時、頭で考えて何とかしようとするよりも、身体の状態を快適にしてあげるだけで、簡単に気分転換になるのかもしれません。


今日の空

うっすらしましまの曇り空。


2014年1月8日水曜日

749:計画からログへの移り変わり

あせっています。

今週から仕事が始まりましたが、やらなければいけないこと、やりたいことに対して時間が足りません。いやいやという感情はあまりなく、自分が満足するほどやりこむには、手持ちの時間が足りないという状況。

そうはいっても、最後は時間に合わせて作業内容は自然とそぎ落とされていく訳ですが。

ここまで書いてふと思いましたが、手をつける前の状態が「手持ちの時間<作業に必要な見積時間」で作業がそぎ落とされる場合と、「手持ちの時間>作業に必要な見積時間」で進めながら作業を足していく場合の2通りがありますね。

作業の中身にもよりますし、両方混ざりそうですが、どちらが得意のパターンが個人個人で違いがありそうです。後者の方が、即時的な判断で進むため、時間と作業内容のバランスがさらに要求されそう。

こういうのって後から記録を見てもわかりづらいんだよな。計画時(1日のはじめ)と終了時(1日の終わり)で違いをとれば見えるかな。欲を言えば、もっと細かい時間単位でスナップショットをとるといいのかも。

上記を何とかしたいといった強いこだわりはないですが、TaskChuteが1日を通してどのように処理されていくかの流れを観察できたら面白いかも。TaskChuteのスナップショットを時間軸で積分するような。

理論的にあやふやで抜け漏れありそうですが(特に後半)、ぼやんと考えました。


今日の空

iPhoneで半月を撮ってみましたが、やはり難しいですね…。


2014年1月7日火曜日

748:他人にシェアする情報のカテゴリ分け

Evernoteを整理していて、ふと気がついたことがある。他人に情報を提供しようとする時、私はカテゴリ分けにやけにこだわっている気がする。自分用はそうでもないのに。

自分用のEvernoteは、検索して見つかればいいかくらいの緩さなので、ノートブックにノートを分けてはいるけど、厳密ではない。他人に何かをシェアする時、さらにその対象が複数の場合、カテゴリ分けしようとする。

Evernoteでノートブックを1つ夫と共有しているが、その中でタグを丁寧につけている。自分用はそこまできっちりはやっていないのだけど。

何でだろう?

そのカテゴリが、私がその人にシェアしたいと思った意図を伝えてくれるからだろうか。


今日の空

富士山の近くの雲が、縦にもくもくしている。


2014年1月6日月曜日

747:再び出会える言葉たち

数日前に、判断に迷っていると言った記事を書きました。

とゆメモ: 746:判断

そんな中、夫が宇宙兄弟のアニメをパソコンで見ていて、その中のエピソードにぐっと来ました。

宇宙飛行士を目指す主人公の六太(ムッタ)と一緒に訓練をしている、候補生先輩のアンディが、「同期の人たちがどんどんミッションにアサインされていく中、自分はなぜアサインされないのだ?」と苦しんだシーンです。

アンディがとった行動は、「考えるのをやめた」でした。「目の前にある訓練や仕事をさらに増やして、それで頭いっぱいにしてやった」。

実は、宇宙兄弟は原作の漫画を読んでいたので知っていたエピソードでした。初めに読んだ時にはそこまでぐっとは来ませんでした。今の自分の状態で再会し、しっくりきたのです。

「よくある話」「単に考えることを放棄しただけでは」などといったつっこみは可能です。しかし、それを見た人がいいなと思ったのならそれはそれでいいのではとも思います。

こういうことがあると、言葉を伝達する手段が、そして時間差でも伝えられる手段があって、よかったなあとつくづく感じます。


今日の空

ここまで暗い空ではなかったのだけど。


2014年1月2日木曜日

746:判断

コンピュータのようになりたいなとつねにではありませんが時々思う。特に人生の岐路に立っている場合に。

判断に感情を入れたくない。裏を返せば、私は感情で判断が容易に変わりうるというコンプレックスがある。

後で後悔したくないのか、その時の自分を信用しきれていないのか。

とは言っても、理屈はその通りでも感情的に納得できていないと、それも後悔しそうな気がします。

「これだけ考えた」という考えた内容・時間で納得できるものだろうか。


今日の空

木蓮の蕾がふっくらしていました。


2014年1月1日水曜日

745:作業環境

家を出てくる前は「これについて考えよう」とリストにしてきましたが、なかなか進みません。
ノートパソコンやiPhone、ノートはありますが、頭が切り替わらない。

家ではないため、ルーチンが順序よくできないのが1つあります。あと大きな影響があったのは、やはりテレビ。テレビがある環境で考え事をするのは、私には難しいです。

テレビを見慣れている夫は、テレビがついたまま他のことをできると言いますが、私は慣れていないからかつい気を取られてしまい、全く集中できません。

環境を変えるのが一番効果はあるでしょうが、環境が固定される場合は別のことをあらかじめ予定しておくことが大事だと改めて思いました。

にぎやかな場では、私は家計簿などの事務的な作業や、読書といったあまり選択肢がない、一気に入り込める作業が普段と同じようにできます。

そして、こういうことは書き残しておかないと忘れてしまうんですよね。